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※結婚している歳上の女性を好きになってしまった凌くんのお話。全て妄想です。
幸せいっぱいのお話ではないのでご注意を。

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完全に一目惚れだった。

凛とした立ち姿
真っ直ぐで綺麗な瞳

初めて彼女を見た時
思わず言葉を失う程の衝撃が走った。


恋愛経験なんてそれ程多くないし
ましてや一目惚れするなんて思ってもみなかった。

俺は店の前を通る度、ガラス越しに
彼女の後ろ姿を見ては想いを募らせていた。

年齢は……俺より一回りくらい上かな……?
結婚とかしてる……よ、な。
とか
彼女の働いている〝ダビング マックス〟という店の前を通る度に色々と考えてはみるものの
勿論答えは出ず
そんな日が何日も何日も続いた。

ある日俺は
母さんが大事にとっていた家にある8mmビデオを
ダビングしてくると言って半ば無理矢理持ち出した。


どうしても近づくきっかけが欲しかった。

「いらっしゃいませ」

ついに俺は店に足を踏み入れた。

「あ……えーと……あの」

ガラス越しではなく
間近で見るその人はやっぱり綺麗だった。

「君、いつもお店の前通ってるよね」

「え……」

「いつもは見てるだけだけど、今日は入ってきてから」

やばい。
気付かれてた、というか完全に不審者じゃん俺。

「8mmビデオに興味があるの?」

「あー、そう……なんです……
父親が昔よく撮ってて……それでー……」

8mmビデオが

というか
貴女が好きで
なんて勿論言えるはずもなく。

「嬉しいなぁー。今時8mmビデオなんて知らない人も多いし、いずれは無くなってしまうものなんだろうなって思ってるから」

こんなこと思ったら不謹慎かもしれないけど
少し寂しそうに俯く表情ですら綺麗だなと。

「私が昔の人間っていうのもあるけど、8mmの良さがあるのよねー。趣味程度だけど映画撮ったりしててね」
「映画……!?」
「そう。この街の小さな映画コンクールに出したりして……」
「すごい……」
「全然そんなたいしたものじゃないのよ?」

ふふっと笑う彼女はとても嬉しそうだった。

どんな映画を撮るのだろうか

映画を通して彼女をもっと知りたい。

そう思った俺は
ちょっと恥ずかしそうにする彼女を言いくるめ、過去に撮った映画を何本か貸してもらうことに成功した。

こういう時だけ弁が立つ自分に少しだけ感謝する。



彼女が作り上げた映画は
家族をテーマにした温かい作品ばかりで
彼女が築く家庭は
きっとこんな風にに幸せでいっぱいなんだろうなぁ
なんて
見ているだけで伝わってくる。

自分とは程遠いような幸せだけど
見ているだけで心が埋まるような
心にぽっと灯をともしてくれるような

そんな気持ちになった。



彼女をもっともっと知りたい。

単純にそう思った。

相手になんかされてないことは重々承知の上

俺はダビング屋に何かと理由をこじつけては足を運んだ。

「ふふ、また今日も来たの?」
「うん」

笑う彼女を見て

あぁ、やっぱり好きだなぁって思い知らされる

通い始めて数ヶ月。

彼女に少しでも認めてもらいたくて
俺は映画作りの勉強を始めた。

最初は会う口実作りだったけど
段々と映画作り自体を楽しいと思うようになっていた。

「これ、どうかな……!結構上手く撮れてると思うんだけど……」
「うん。すごい上手く撮れてる。凌くんはセンスが良いし才能あると思うな」
「そう……かな……っ」

気が付いたら〝凌くん〟
と名前を呼んでもらえるくらいの関係性にはなれていた。

彼女の笑う顔をもっと見たくて
柄にもなく花を買ってプレゼントしたり

甘いものが好きだと言うから
ケーキを差し入れしたり

自分で言うのもあれだけど
めちゃくちゃアピールしまくった。

その度に彼女は
「ありがとう」と笑ってはくれるけど
いつも上手くかわされてしまう。



「やっぱ……無理に決まってるよなぁ……」

リビングのソファでポロっと弱音が零れた



「なになに凌ちゃん
もしかして好きな人でも出来たの~?」
「うっわ母さん居たの!?」
「好きな人がいるなんて
お母さん聞いてないんだけど~っ」
「いや!居ないから!」
「本当に~?」
「………憧れてる人はいるけど……
俺なんて全然相手になんかされてないし」

母さんは心配そうに
苦笑いする俺の顔をただ黙って見ていた

俺はどれだけ母さんを苦しめるのだろうか

結婚もしていて、ましてや子供がいる女性を好きになってしまった
なんて言えるわけがない

「お母さん、凌ちゃんの選んだ人ならどんな人だって構わないのよ?」
「うん」

「話しならいつでも聞くからね?」

「うん。ありがと」


母さん、ごめん、やっぱ言えないや






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あれからどれくらい経ったのだろう

彼女と少しでも一緒に居たくて
俺はダビング屋でアルバイトを始めた。
気づけば俺は30で彼女は店長で。


関係性も昔とはだいぶ変わったと思う。


仕事中は
店長と1人のアルバイト。


店を出たら
誰にも言えないけれど
恋人同士……なのかな


俺達2人がデートしている時は
傍から見るとどんな風に見えるのだろうか?

30歳の男と言いたいとこだが
驚くほどの童顔だし、年の離れた姉と弟みたいに見えるのかな


ちゃんと恋人として見られているのだろうか


たまにそんなことを思うけど

そんなことは気にならないくらい彼女と過ごしている時間が幸せで

笑う顔を見ているだけで

それだけで全てが充たされるような気がした。


だけど
好きという気持ちが募れば募る程
その気持ちと同じくらい
この関係を早く絶たねばと

頭では分かっているのに

手放すことが出来ない自分の愚かさに
時々苦しくなる



彼女から身を引こうと決意できたのは

昔、失踪した父親との再会だった。

健忘症を患っている父が子供達を思い出すまでのドキュメンタリー映画を撮って
この映画を撮り終えたらダビング屋も辞める
ちゃんと就職して

彼女とも二度と会わないようにしよう。

そう思った。

彼女と俺が一緒に居たら
不幸になる人がいる。

彼女の家族、子供はどう思うだろうか。

母さんや、姉ちゃん達が苦しんだ日々が
フラッシュバックする度に

胸が締め付けられる

そんな想いをさせてはいけない。
だから別れを告げる。

嫌いになったわけじゃない、
好きだからこそ別れを選択した。
好きだからこそ彼女には幸せでいてほしいと
そう思ったから




映画の完成と共に俺は
彼女の前から姿を消した。

俺はダビング屋を辞める最後の日に
彼女の机の上に完成した映画のテープと一緒に
胡蝶蘭の花束を置いてきた。


これから先、彼女に幸せが沢山飛んできますように

そして、貴女の事を純粋に愛していたことを

胡蝶蘭の花に
ありったけの想いを託して

 

 

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「大人になったらいろいろわかるだろ?浮気とか不倫とかはさ!」
というワードとお友達の妄想を元に書き殴ったお話。いつでも自分ではなく誰かの幸せを願い続ける凌くん。
凌くんに幸せになってほしいと心から思っています。こんなん書いておいてどの口が言うかって感じですけれども笑